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2017年3月

2017年3月19日 (日)

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2017年3月13日 (月)

新作スマホゲーム「ふわふわヴェネディア-ZombieVital2外伝-」

新作スマホゲーム「ふわふわヴェネディア-ZombieVital2外伝-」を公開しました!
DLサイト(Playストア)

動画

一応、ZombieVital2の外伝ですw Androidの方は是非遊んでみてくださいませー

Scr_shot

2017年3月 2日 (木)

宗教について

<メモ>

・仏教の「教え」に、「悪いことをすると地獄に落ちる」というのがある(釈迦は地獄のことは話さなかったとかは置いといて)。
 これを信じることで、「社会が上手く回る(民が、悪いことをしないよう、自ら心がけるようになる)」

・科学(科学教)では、地獄は存在しない。
 その為、「悪いことしても、人にバレなければ良い」という発想が生まれる。

・日本人の場合は、仏教や神道の影響で、科学を信じてる人でも、
 例えば、「悪いことをすると、後々自分に帰ってくる(逆もまた然り)」という考え方を漠然と持ってたりする。
 その為、多くの日本人(だけじゃないと思いますが)は、
 「道に落ちてた財布を警察に届ける」ということを宗教の有無に関わらず実行できる。

=================

上記を踏まえると、人類にとって「宗教」というものは、”社会を上手く回す為に必要”だと言える。
多くの宗教は、個人を救済するカウンセリング的な役割も担ってるが、そういうのとは違う意味で、「宗教的な教え」があった方が良い、ということ。

ただ、科学教に入信してしまっていると、今更、地獄がどうのと言われても信じることができない。
そこで、前回書いた「精神拡張(http://giw.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/post-8218.html)」の考え方を使って、良い感じの「教え」が作れないだろうか。
精神や心は、科学で証明されていないのに、科学の世界でも「在る」ものとして扱われているから。

精神拡張

<メモ>
・心や精神は、科学的に証明されていない。けど、皆、存在してると感じている。

・自己の精神の範囲はどこまでか?
 例えば、生えてる髪の毛を足で踏まれたら腹が立つけど、床屋で切った髪を踏まれても腹は立たない。爪も同じ。
 これは、精神(心)の範囲に影響している。

・「大切にしている物」にも精神が入っている。
 例えば、大切にしている人形や趣味の道具等を、誰かが足で踏んだ時、自身の身体を踏まれた時と同じような感情になるから。

・逆に、誰かが大切にしてる物を踏むと、罪悪感を感じる。それは、その物に、その人の精神が宿ってると感じているから。

※上記の現象を、ここでは「精神拡張」と呼ぶことにします。

・精神拡張を踏まえた神(東洋系)について。
 神社や神仏、お墓などには、「複数&歴史(過去の人々)の精神(祈り)が束になって入ってる」状態。なので、例えば「お墓や神仏を足で踏む」ということは、それらの精神を全て踏みにじることになってしまうと”感じることができる”。この”感じ”が、日本文化でいうところの八百万の神の一種。(他のパターンもある)

・西洋的な神と悪魔について。
 悪魔は、「理解できない精神の束」。つまり異教の神等。
 例えば、自分達が理解できないものを愛でてる人達がいたら、「気持ち悪い」と感じる。
 これが、感情的な意味での悪魔。

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